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朝日新聞 2011年4月12日(火)  週刊 まちぶら
南禅寺かいわい
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琵琶湖疏水の流れを採り入れた「大安苑」の庭園=左京区

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境内に琵琶湖疏水の水路閣がある南禅寺(左京区)。趣あるれんがのアーチ橋を写真に収める人の姿が絶えない。境内の周りに目を向けると、気鋭の庭師が疏水の流れを引き込んで造営した美しい庭園が数多くある。これらは明治以降、政財界の大物たちによって築かれた別荘群の中にあり、人目に触れなかった。ただ、中には、外部に庭を開放しているところもある。新緑に混じる桜が美しい、東山の名刹(めいさつ)かいわいを歩いた。

◇別荘群の庭園光彩◇

木戸をくぐると、芝生の淡い緑が目に飛び込んできた。豊かな水流がその中心を走り、せせらぎの音が静かに響く。

琵琶湖疏水のほとりにたたずむ「無鄰菴(むりんあん)」。1896年、明治の政治家・山県有朋(やまがた・ありとも)の別荘として造られた。1941年に京都市に寄贈され、庭は51年に国の名勝に指定された。このかいわいでは、一般公開されている数少ない庭園の一つだ。市が所有し、年間4万人以上が訪れる。

疏水を引き込んでこの庭を造ったのは、「植治(うえじ)」の名で知られた造園家・7代目小川治兵衛(じへえ)。

ひ孫にあたる11代目小川治兵衛さん(68)によると、1890年に完成した琵琶湖疏水が、京都の庭園デザインを大きく変えた。「豊かな水で滝を造り、流れに映る光のゆらめきを見せる。7代目は疏水を存分に使って近代的庭園を造りあげました」とたたえる。

周辺に連なる別荘群の門は、ほとんどが閉ざされているが、南禅寺三門の北西にある寿司割烹(かっぽう)「大安苑(たいあんえん)」の庭園は、昨年から利用客に公開されている。疏水の織りなす二本の滝と、しだれ桜が美しい。

苑は、数々の経営者らの所有を経て2年前、薬店チェーン会長所有の別荘となった。いま、この会長が使わない時に割烹とカフェとしてオープンしている。持ち主が移った間に荒れてしまった庭は、11代目の小川さんがよみがえらせたという。

かいわいを歩くと、生け垣の隙間や塀越しに美しい庭園の息づかいを感じる。疏水に耳を澄ましながら、いつか、多くの庭が外に開かれるような日が来てほしい。そんなことを考えた。

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■割烹にせせらぎ響く■

「こんな素晴らしい空間で働けるなんて」。大安苑の女将、田中眞知子さん(32)は、喫茶店で働いていたころから独立が目標だった。

1階の割烹は昼の「お弁当」3千円(12〜14時、土日祝は15時まで)。夜は前日までに予約を。せせらぎの音が聞こえる2階のカフェには、曲づくりのために足を運ぶ学生も。飲み物800円(12〜17時)。

1、2階の利用客は庭を散策できる。不定休。電話075・752・4333。

■京の魅力英語で紹介■

外国人に京都の魅力を英語で紹介するボランティア団体「京都案内倶楽部」。5年前に東京から右京区に引っ越した中谷達也さん(70)は、英語にも京都にも自信はなかったが、「どちらも勉強できる」と思い、2年前から参加する。

月に2回行う南禅寺境内のガイドでは、「ThisisafamousZENgarden…」と、枯山水の庭園を案内。「もっと積極的に外国人をガイドできるように」。英文の暗記に一生懸命だ。

■茶道具楽しめる展示■

最大規模の別荘「碧雲荘(へきうんそう)」は野村証券の創業者、野村徳七のものだった。隣接の「野村美術館」は、茶をこよなく愛した徳七の茶道具など1500点を収蔵している。

学芸員の奥村厚子さん(35)は、茶入れを包む仕覆(しふく)など染織品の研究が専門。「知識のない人でも楽しめる展示を心がけています」。6月5日まで茶道具として珍重された「唐物(からもの)」をテーマに展示する。一般700円、10〜16時半(入館は16時まで)、月曜休み。電話075・751・0374。

■湯豆腐「日本一」目標■

琵琶湖疏水完成のはるか以前から、南禅寺境内で白川の名水を使って豆腐を作り続ける「総本家ゆどうふ奥丹南禅寺」。1635年創業の店を切り盛りする中村修志料理長(27)は「シンプルな湯豆腐は作り手の腕で味が変わってしまう」。

秘伝のたれは、一日をかけてだしを取る。「日本一の湯豆腐を目指しています」。湯豆腐のセット1人前3150円。平日11〜16時、土日祝11〜16時半。木曜休み。電話075・771・8709。

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★記者ナビ★

遺産登録へ始動

かつて、南禅寺周辺の緑が消滅の危機にさらされたことがあった。琵琶湖疏水建設が計画された当初、寺周辺が、水車を使った大規模工業用地として開発されそうになったのだ。

ところが、1889年、疏水の工事責任者・田辺朔郎氏の提言によって水力発電の導入が決定。遠くまで電力が届くようになり、疏水沿いに工場を建設する必要がなくなった。 京都市は昨年、琵琶湖疏水の世界遺産登録を目指す方針を発表。単体での登録は難しいため、南禅寺周辺の庭園の文化的価値も含めて申請する方針だ。また、大学と連携し庭園の調査も始める。

尼崎博正・京都造形芸術大教授(65)は、「近代的な都市構想に基づく疏水と、その流れが可能にした別荘庭園は、寺社に匹敵する価値がある。一括して保全していくべきだ」と話している。

◆アクセス◆

南禅寺へは、地下鉄東西線「蹴上駅」からも、市バス「東天王町」「南禅寺・永観堂道」からも、徒歩10分。蹴上駅からは、「ねじりまんぽ」と呼ばれるれんがのトンネルを抜ける道もある。無鄰菴は入園料400円、9〜17時(入園は16時半まで)。